しまんちゅの日記

~映像翻訳と映画と沖縄~

マケ

学生時代、

dead day(期末)の時期はいつも睡眠を削り

できるだけ知識を頭に詰め込もうとしていた。

試験期間中は24時間営業になる大学のラウンジで

友達と翌朝に受ける試験の勉強をしていた。

 

私は”Make~”という文章を見て「マケって何?」と呟いた。

それを聞いた友達は爆笑した。

今でもあの時の頭の感覚は忘れない。

睡眠不足+情報がいっぱいの頭はMelt downが起こる。

 

「my brother」の訳について考える。

原文からは、兄なのか、弟なのかわからない。

brotherは brotherなのであって、自分より上か下かはあまり関係ないのかもしれない。

 

しばし現実逃避する。

私には兄がいる。

「お兄ちゃん」と呼んでいる。

子供の頃は「にぃに」と呼んでいた。

「にぃに」は子供っぽい呼び方だ。

いつの間にか、「お兄ちゃん」と呼び名を変えた。

 

そして、私には妹がいる。

妹は私を呼ぶとき、「ねぇね」から

「お姉ちゃん」と呼び名を変えるタイミングがうまく行かなかったようだ。

今では「あね(姉)」と呼ばれる。

「お姉ちゃん」では彼女の中で何か違ったらしい。

私は「あね」呼ばれると、反応してあげる。

 

my brother はmy brotherなんだよ。と頭を抱える。

 

MakeでMelt downを起こすのはありえないと笑われたけど

BrotherでもMelt downを起こしたよ。

 

 

十年一昔

当時、私はアメリカの大学に通っていた。

いつものように起きて、テレビをつけて、コーヒーを入れていると

トレードセンターに飛行機が突っ込む映像が流れていた。

どこかのハリウッド映画が、模型か何かを使って撮影したのかな?と最初は思った。

全く、現実味がなかった。

ボリュームを上げて、キャスターが事実を報道しているのを聞いて

急いでルームメートを起こしに行った。

国際電話で実家に電話し、家族に無事を伝えた。

恋人に電話しようと思ったけど、電話はどこにかけてもつながらなくなった。

 

真面目な学生だったので、ちゃんと大学には行った。

キャンパス内は人が少なく、講堂では追悼儀式のようなものが行われていた。

休講になったクラスも多かったようだ。

その日受けるクラスも、教授が最初の10分ほどテロ事件の話をして休講になった。

 

しばらくキャンパス内は慌ただしかったり、重苦しかったりしていた。

そして私の町でもイスラム系の人に対するヘイトクライムが発生していた。

命の危機を初めて真近に感じた時期だった。

一度、日本に帰国したらアメリカにはしばらく戻ってこれないという噂もたった。

そのせいか、当時付き合ってはいたけど、終わりが近づいている気配を感じていた恋人からプロポーズされた。そして断った。

あれからもう20年も経つのか。

 

911から約10年後に東北大震災が起こった。

私は東京にいた。

この時も、私が一番最初に電話をしたのは恋人ではなく父の携帯電話だった。

911の時、電話がつながらなくなったことを思い出して

一番、私の無事を伝えたい人に電話した。

 

そして10年後は、このコロナだ。

父が亡くなって、私は毎週母に電話している。

家族の無事を知るため、私の無事を知らせるため。

 

911の時、大事な人と明日も話せるかわからない、と意識し始めたよく覚えている。

 

美しいひと

NETFLIXで配信されている「THE BLACKLIST/ブラック・リスト」

Previewが流れるたびに、気になっていた。

「この俳優は見覚えがあるけど、誰だったっけ?」

 

見始めたら面白い。

レイモンドを演じている俳優は一体誰だろう?と調べてみた。

ジェームズ・スペイダーだった。

セックスと嘘とビデオテープ」や「ぼくの美しい人だから」だ!

髪ふさふさの、すらっとした美しい男!

年齢を重ねて、頭の毛が薄くなり恰幅が良くなったけど、目が一緒なんだなぁ。

だから全体像が変わっていても、醸し出す雰囲気が変わってない。

 色っぽい男だなぁ、と思う。

 

実生活で色っぽい女はたまに会うことがあるけど、

色っぽい男に会うことはなかった。

私の環境の中にいないだけなのか、ただ私の目が曇っているのか。

 

マスクに隠れる

コロナで生活が大きく変わった。

そのうちの一つが、マスクをしていること。

花粉症なので春は嫌々マスクをしていたのだけど

今ではマスクをするのが当たり前だし、バッグに予備まで入っている。

マスクの弊害としては、

息苦しいこと。

相手の表情が読み取れなくなったこと。

肌が弱いのでずっと肌荒れしていること。

耳のあたりがわちゃわちゃするのでピアスをしなくなったこと。

考えたら、弊害はもっとたくさん出てくるだろう。

 

私にはマスクをしているメリットが、ひとつある。

歩きながら1人で笑っていても(多分)バレないことだ。

私は一日中、何かを聞いている。

歩いている間も、スマホから何かしら流して聞いている。

 

月曜日の朝は「安住紳一郎の日曜天国」だ。

この番組で一番面白いのは安住さんのトーク

安住さんは、真面目そうに見えて変な人。変態。面白い。

それにアナウンサーだから当然だけど、日本語がきれい。

どんなすっとぼけた話をしていたとしても、使う「言葉の形」がとても良い。

くまモンの発音を巡ってアナウンス業界が揉めた話や

アメリカの全州の数え歌などの話は神回だと思う。

 

歩きながら聞いていて、笑ってしまう。

それをマスクは上手く隠してくれる。(と思う)

でも、声が出てしまいそうな時もたまにあって

それを押し殺そうとすると、器官に入ってせき込む。

一気に周りの注目を集めて、

ばい菌として認識されてしまうので注意しないといけない。

 

 そんなマスクに隠れた私を笑わせてくれる安住さん。

朝の番組を担当することになって、

じゃあ日天はどうなる?と心がざわつく。

6月1日に社長と面談があったそうで、

リスナーにつまびらかに話してくれるそうなので、

日曜日を待つ。

まめおとは。

今季のドラマはひとつしか見ていない。

「大豆田とわ子と三人の元夫」

 

視聴率は悪いらしい。

でも、いまだに視聴率で本当に必要なものが測れるんだろうか?

毎週欠かさず見ている私は、テレビではなく配信で見ている。

そういう人、多いんじゃないだろうか。

テレビは時間を拘束される。

自分の好きな時に、好きなドラマを見たい。

 

脚本が坂元 裕二さんだから、もちろん面白い。

「Mother」「それでも、生きてゆく」「最高の離婚」「カルテット」、、、

坂元さんのドラマは言葉が面白い。

 

ただの恋愛ドラマじゃない。(まず恋愛ドラマなんだろうか?)

主人公は3回結婚して、3回離婚した、40代子持ちの女社長。

うん。出会ったことない、そんな女性。

でも、松たか子の演技が「いるかもしれない」と思わせる。

そして、離婚した後も仲が良い3人の元夫たち。

うん?そんなことある?と思いつつも、その関係性にほのぼのする。

こんな会話を交わしている大人たちがいるのだろうか?と、うらやましくなる。

 

20代の恋愛と、倍生きてる40代の恋愛は違う。悩みも違う。

長く生きてると、いろいろある。

そのいろいろを、グツグツとい煮込んで、浮かび上がってくる灰汁のようなもの。

坂元さんの脚本はその灰汁をすくいとるようなセリフがある。

そうそう、そういう気持ちあるよね。 

灰汁はありますよ。でも、それはうま味でもありますよ。

 

Short Shorts Film Festival & Asia 2021

Short Shorts Film Festival & Asia 2021が配信中。

ゴリが脚本と監督をした短編映画を見た。

舞台は沖縄県粟国島

風葬された死者の骨を

死者の近しい人間が洗う「洗骨」の風習がまだ残っている。

その姿を映した短編映画だ。

↓で配信されているのは短編映画の方で、長編作品である本編は別にあるらしい。

sst-online.jp

 

私は沖縄出身だけれど、正直言って数多い離島のことは全く分からない。

沖縄本島内でさえ、地域が違えば言葉が違う。

だけど、粟国島のこの死者を敬う風習はよくわかる。

見ていて、「父の骨を洗える」と思った。

なんなら、洗ってあげたい。

 

沖縄はとても死者を大事にする。

墓行事は多いし、先祖を祀る仏壇は子供の頃から向き合ってきた。

「祖先崇拝」が私の中にも強く残っている。

 その慣習は大事にしていきたい。

 

ショートショートフィルムでいろんな映画が配信されている。

これを見て、いろんな文化に触れていきたい。

shortshorts.org

笑いってやつは

職場のチームにいる中国人の女性は

日本に来てもう20年以上になり、日本語がペラペラだ。

中国人のクライアント相手に通訳をすることもある。

そんな彼女でも、たまにわからない日本語がある。

彼女はとても向上心が高く、

わからない言葉があるとそのままにしておけず、必ず私に聞いてくる。

そのたびに私は説明してあげている。

 

コロナ禍以前、上司が異動になり送別会があった。

幹事の特権を利用し、私の独断で送別会の会場に沖縄料理屋を選んだ。

その珍しさからかチームみんながよく食べ、お酒がすすみ、とても盛り上がった。

 

上司がジョークを言って、みんなが大爆笑した。

その時、「今のは、何がおもしろいの?」と中国人の彼女が言った。

 

ジョークを説明するのは初めてだった。

「今のは○○さんが、~って言ったでしょ。それはね、、、」と説明しようとすると

○○さんが大声で恥ずかしそうに静止した。

「やめて!ジョークを説明されることほど、恥ずかしいことはない!」

その場にいた関西人が全員、

「説明した時点でそれはジョークじゃなくなって、笑えなくなる」

と説明するのを止められた。

 

ジョークは説明した時点でジョークではなくなる。

翻訳の途中で「笑い」の部分にぶち当たると、いつもこの事を思い出す。

説明ではない言葉で、どうやったら「笑い」を伝えることができるのか。

 

そんなことを考えながら、お笑い番組をたまに見る。

笑えない。どうしよう。

テレビでよく見かける芸人さんたち。

世の中の人はこれを面白いと思っているという事だ。

何が面白いのだろう?と考えてしまう時点で

私はだめなのかもしれない。